二時ごろの言い訳

水商売や恋愛のことをしゃべります。

【雑記】誰かのいちばんになりたい

「クラスの誰とでもいいので、ペアになってください」。先生の言葉が怖かった人とは仲よくなれるような気がします。

 

「いちばん一緒にいたい人はだれですか? ひとり選んでください」。そんな問いかけをされる機会は実際にはないと思いますが、わたしはこういうとき、誰にも選んでもらえないんだな〜と小学校低学年のことから思っていました。

わたしは引っ込み思案で、おもしろいことも言えず、顔の造形もひどく、ファッションセンスもありませんでした。そのことを、はっきりと自覚していました。小学校は3校も通ったので、人間関係も希薄でした。

 

同じクラスにあいちゃんという子がいました。「あ〜ちゃん」と呼ばれていた彼女は、はつらつとしていて顔がかわいく、まごうことなきクラスの人気者でした。

そこへ同じく「あ」からはじまる名前のわたしが転入。彼女は「あ〜ちゃん1号」わたしは「あ〜ちゃん2号」と呼ばれました。

存在の後先ではなく、存在の価値でわたしはいちばんになれなかったんだと、思いました。被害妄想なのでしょうけれど、それだけわたしは昔から自己肯定感がすこぶる低かったのです。

 

誰かのいちばんになるためにはどうすればいいでしょうか?

それを考えた結果、わたしには早く結婚をし、家庭をもちたいと焦る気持ちが生まれました(もう28歳ですが)。

夫という存在は、わたしが彼のいちばんであることを証明するものになると思うからです。子どもという存在は、わたしのことをいちばんだと思ってくれるはずだからです。

 

これが根底にあるので、正直、女友だちのいちばんにはなれないという諦めがあります。女友だちの横にはかならず男がいるべきだからです。男に愛され、いちばんだよと甘い言葉をささやいてもらうために女はいます。だから、女友だちとの仲を深めたところで、彼女たちのいちばんにはなれません。

といいつつ「いちばん一緒にいたい友人はだれですか? ひとり選んでください」。こう、女友だちが問われることを、もっとも恐れていますが(笑)。

 

男友だちほど厄介なものはなかったなと思います。たしかに学生のうち遊んでいるのはバカみたいに楽しく、彼らの歴代の彼女たちには疎まれ、殺害予告をされたことすらありますが、現在結婚した彼らは(意外と)いい夫や父となり、わたしなんかと会う時間はとれません。

 

ここまででお気づきでしょうか。わたしは「選んでもらえない」「選んでもらいたい」と、どこまでいっても、受け身です。自ら選ぶことはしていないのです。

「いちばん一緒にいたい人はだれですか? ひとり選んでください」。

そうわたしが問われても、わたしは誰も選ぶことができません。もしかすると、みんなそうなのでしょうか。でも、きっとそうではないですよね。だから、選ぶことができる人・選ばれる人に嫉妬して、苦しいのです。

 

これも幼少期からですが、わたしは食べたいものすら、選ぶことができませんでした。親は「なにが食べたい?」とわたしに問いますが、わたしは「なんでもいい」と答えることしかしません。実際、なんでもよかったときもありましたし、そうでないときもあったと思いますが。

 

そのせいで、友人と遊ぶときも、恋人とのデートも、油断すると「なんでもいい」という言葉が何かを考えるより先に口からこぼれてしまいます。これは、いくつかわたしから選択肢を出す、ということを意識して改善しようとしています。ただ、その出された選択肢からひとつを決定するのは、友人や恋人です。決断をどうしても、委ねたいのでしょう。悪気はないのですが、わたしが決断を避けていることは明らかです。

 

雑記なので話がどれだけ飛躍してもいいと思いますが、話がそれました。

わたしは誰かのいちばんになりたいのでしょうか? わたしが求めているのは、ほんとうにそれでしょうか? 

自分を自分で信頼できる要素がひとつ欲しい、というのが根っこの部分ではないですか? そして、それがないから、誰にも選ばれないと思うのです。なのに、人から選ばれることで、自分を信頼しようとするのです。

 

これだけは優れているという、何か。それを努力をして、つくらないといけないのでしょうね。

 

SONGSで、YUKIさんが「みんな、誰かのいちばん、アイドルになりたい」そういう気持ちを歌ったと言っていた。

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